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2012 ロンドン - ベルリンの旅 11日目 - 2012.12.15 Sat

とうとうベルリン観光も最終日になりました。

ホロコースト記念碑
ポツダム広場
チェックポイントチャーリー
イーストサイド・ギャラリー
シャルロッテンブルグ宮殿とクリスマス市
テーゲル空港近くのホテルに移動


朝、アパートメントをチェックアウト。中庭からの眺め。
DSC07660.jpg
『犬はつないで、緑地部分に立ち入らせないで下さい。大家より。』
私が見た限り、あまり守られていませんでした…


そして、この光景の反対側はというと…
DSC07662.jpg
ホロコースト記念碑(正式には「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」)。

大きさが違う直方体が見渡す限りに続いています。
石には文字も何もないのですが、それがホロコーストで犠牲になった何百万人もの無辜の人々を象徴しているんだなと感じました。地下が資料館になっています。


自分の身長より高い石が続く部分もあり、胸苦しく感じました。
DSC07661.jpg


この界隈は戦前戦中は官庁街でした。アパートメントの敷地はかつて総統官邸があり、南隣の敷地は総統地下壕があった場所でした。
1945年4月、ソ連軍との戦局が不利になりベルリンへの攻撃が激しさを増す中、ヒトラーはその地下壕で自殺し、2日後にベルリンは陥落しました。そして連合国による占領、冷戦、東西分断、壁の崩壊、再統一。激動の歴史ですね。

上のお写真で記念碑とその先の森との間にある道路が、ベルリンの壁があった部分です。
今いるのはかつての東側。


ポツダム広場にやってきました。
ここもかつて壁があった場所。同じ場所に解説パネルと共に部分的に展示されています。
DSC07665.jpg
ソ連兵の軍服を着たお兄さんに4ユーロ払ってアメリカ領、イギリス領、ソ連領等々様々なベルリンの入国スタンプをパスポートに押してもらいました。良い記念です。

偽ソ連兵のお兄さんと話していたら、「日本に行って日本語を勉強したい」などと言い出すので、きっといろんな国の人に同じようなこと言ってるんだろうなあ、などと失礼な気持ちで話し半分に聞いていたら「ひらがなとカタカナ読めま~す」と言っていました。是非日本にいらして欲しいですね☆


続きまして、かつての国境検問所「チェックポイントチャーリー」にやってきました。

今ではツリーなんか飾られて、観光客でごった返す観光名所ですが…
DSC07670.jpg



ベルリン封鎖間もない1961年10月。米ソ両軍がここで一触即発の状況に。(歩道に展示されているパネルより)
DSC07672.jpg



そして1971年当時ですらこんな物々しい雰囲気の場所でした。(同じくパネルより)
DSC07671.jpg

今はこの一角にベルリンの壁博物館があり、壁の建設の歴史、離散した家族との再会や自由を求めて壁を越えて西側へ行こうとした人々についての展示を見ることができます。


壁があった場所を示す敷石。
DSC07668.jpg


続いてバスで東駅まで移動し、ベルリンの壁が最も長く現存する場所、イーストサイドギャラリーへ。
壁の崩壊を記念して1990年に118人のアーティストが絵を描き、公開ギャラリーになりました。
DSC07675.jpg
その後、心ない落書きと壁を削って持って帰る人々にメタメタにされ、2000年に画家たちが再結集して描き直したそうです。大事にしないと!


DSC07678.jpg


DSC07686.jpg


DSC07682.jpg


DSC07685.jpg


道の反対側から見た時はあまり高さを感じなかったのですが、こうして近寄ってみるとやはり高い。
DSC07683.jpg



このコンクリ塀を「えいっ」と乗り越えたとしても西側に行けるわけではありません。
壁は殆どの場所において2重構造になっていて、1枚目の壁の裏には有刺鉄線が張り巡らされた幅約100メートルの砂地(空間地帯)があり、武装した国境警備隊や軍用犬がいました。そしてその向こうにもう一度壁。。。
DSC07688.jpg
当時の空間地帯は今は緑地帯となり、愛犬を連れた人がのんびりとお散歩していました。



戦争、虐殺、そして言論や移動の自由に対する抑圧。
ベルリンの街には「二度と繰り返してはいけない」というものの記念碑がたくさんありました。

感動的なベルリンの壁の崩壊から20余年、統一後も経済格差や高失業率などの諸問題があり、一部の旧東の人たちには「あのころは社会保障も手厚かったし、のんびりしていて良かった」などと東ドイツ時代を懐かしむ風潮さえあるといいます。分断の爪痕は完全に過去の物になったと言えないのかもしれません。

同じ敗戦国として、日本だって分断されても不思議ではない状況だったのですよね。
第二次大戦後、多くの国が東西に南北に分断されて悲惨な目にあったことを考えると、平和であることが本当に素晴らしく有り難いものだとしみじみと感じました。

最終日の午後についてはまた次回。





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